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【お知らせ】2015シーズン納会 2016.01.23

すいつも、レイラーズを応援していただき、ありがとうございます。

去る1月16日、2015シーズンの納会を鷹取グラウンドクラブハウスにて行いました。
納会の場では、恒例となりました各賞の発表と2015シーズン限りで、現役を引退する選手の発表がありました。
まず各賞受賞者は次のとおりです。
◎新人賞
・中村優樹(NO8)、宮川稔大(SO)
◎インディビジュアル賞
・高橋英希(SH)、豊川満(SH)
◎FW賞
・後藤友哉(FL)、坂井博文(PR)
◎BK賞
・神田達可(SO)
◎荻野部長賞
・折目光弘(PR)
◎レイラーズ賞
・藤原正雄(CTB)
◎年間MVP
・榮長寛(NO8)
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新人賞受賞の中村は、シーズン当初からFWのの中心として、チームを引っ張った。

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もう1人の新人賞は宮川が受賞、強烈なタックルを武器に、怪我人続出のBKの救世主となった。

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「レイラーズを1番愛した男=レイラーズ賞」として、受賞した藤原。

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年間MVPを受賞したキャプテン榮長、グラウンド内外において、チームを引っ張り、スローガン「followout(やり切る)」を体現した。

そして、惜しまれながら、2015シーズン限りで現役を引退する選手は次の6名である。
・谷内亮太(同志社大学出身・SH)
・上田卓也(中央大学出身・FL)
・井上良佑(帝京大学出身・HO)
・康涼平(近畿大学出身・LO)
・竹中康友(立命館大学出身・FL)
・藤原正雄(帝京大学出身・CTB)
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・谷内亮太(同志社大学出身・SH)

彼はレイラーズの「オールドルーキー」である。彼が入部したのは、30歳を過ぎてからであった。入社してからの赴任地は北陸、クラブチームで楽しくラグビーを続けた。レイラーズが北陸に遠征した時には、「クラブチーム選抜」として、対戦相手を務めた事もある。程なくして、転勤で大阪に。無理は承知、でも高まる気持ちを抑えることが出来ず、レイラーズの門を叩いた。挫けそうになった事もある。投げ出しそうにもなった事もある。しかし逃げずに、グラウンドでは必死に練習し、試合に出れない時は、ビデオ撮影等、献身的にチームをサポートした。彼が挨拶の中で繰り返し使った「リスペクト(尊敬)」、それは彼自身に、そして彼のチャレンジを支えた家族にこそ、贈るべき言葉なのである。
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・上田卓也(中央大学出身・FL)
彼に始めて会った時の印象は、「優しい『顔』と『声』」…しかし、一度ピッチに立つと、相手がトンガ人であろうが、警察官であろうが、関係なく「碧の矢」となり、頭からぶっ刺さっていった。碧は碧でも、生粋の「ロイヤルブルーのDNA」を持つFLである。そんなプレースタイルが災いしたのが今シーズン、2度に渡る眼底骨折、そして手術…もし次同じような怪我をすれば最悪の展開も考えられる。
「じゃあ、プレースタイルを変えれば?」
それを受け入れられないのが、この男の信念。
悔しい気持ちを噛み殺し、今回の決断に至った。
今後はその経験を生かし、チームのサポートして活躍してくれるだろう。
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・井上良佑(帝京大学出身・HO)

約4年前、レイラーズをAリーグに押し上げた立役者の1人がこの男である。昇格以降、苦しい戦いが続いたAリーグにおいても、フロントローらしからぬポジョニングとランニングコース、そしてフロントローらしい体幹の強さで、並み居る強豪を弾き飛ばし、トライを奪ってきた。
怪我がちであった今シーズンも、メンバーインするや否や、途中出場で2トライ上げ、レイラーズ再昇格後の初勝利に大きく貢献してくれた。
しかし、激しい戦い代償なのか、近年は怪我がちであった事も事実。ポジションを変えてでも見たい選手ではあったものの、今回の決断となった。
しばらくは、これまで支えてくれた家族と、産まれたばかりの赤ちゃんのサポートをするとの事、しかし、いつかまた「イノさん」が鷹取に帰ってきてくれ
る事を信じている。
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・康涼平(近畿大学出身・LO)
井上同様に、下部リーグ時代から、レイラーズを支えてくれた選手。そしてレイラーズ「近大一族」の長男坊である。彼以降の近大出身者が、のびのびプレーできるのは、きっと彼の存在によるところが大きいのであろう。
LOとしては、サイズには恵まれなかった。しかし、一言で言えば「献身的」、先発であろうが、ベンチスタートであろうが、自身に課せられた期待と役割を全うすべく、汗をかき、タックルした。仕事面においても、その姿勢が活かされており、職場での信頼も厚く、「仕事とラグビーの両立」を掲げるレイラーズの模範となる選手であり、昨年はチームを代表して「グラビアデビュー」を果たした(ラグリパWEST参照)。プレヤーとしては一区切りだが、「ラガーマン」としての人生はまだまだこれから、彼がこれからも陰日向にチームを支えてくれる事は間違いない。
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・竹中康友(立命館大学出身・FL)

実は、この壇上に立つのは2度目である。
3年前、彼の首は、肩は、膝は、限界を超えていた。悔いのあるなしではなく、引退しか考えられない状態だった。そして、コーチとしてのリスタート、誰よりもグラウンドに立ち、選手をサポートし、遠征時は荷物車のハンドルも握った。
でも、常に心の中には滾(たぎ)るものがあった。それを抑えるかのように、バーベルに向き合い、懸垂を繰り返した。
そして、コーチとしての、1年が過ぎた。
別に首や肩や膝が、良くなったわけじゃない。
でも、そうするしか、選択肢が見当たらなかった。
「現役復帰」
それからの2シーズン、特に膝の怪我は致命的で、夏過ぎまでは、走る事もままならなかった。
そしてシーズン直前の手術。きっと完全には治ってないのだろう。それでも、彼はグラウンドに戻ってきた。痛む膝で、バックアップメンバー、リザーブと、一歩一歩、メンバーへの階段を上っていった。
そして最終戦、花園のスコアボードには、「6番 竹中」の表示…
「努力は報われる」ではなく、「報われるまで努力する」ということの大切さを彼は教えてくれた。多くは語らなくても、きっとそれは受け継がれていくものなのである。
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・藤原正雄(帝京大学出身・CTB)
何人かの「レジェンド」がスパイクを脱ぐ決断をした今年のラグビー界、遂に、この男もその決断に至った。
まさに「迫力」の人であった。彼より早い選手、強い選手、上手い選手は他にいるかもしれない。
しかし、細い身体からほどばしる気迫=迫力は、幾度となく、レイラーズを勇気付けた。
ホンダからの勝利も、鷹取での歓喜の時も、河川敷で人知れず練習した時も、彼は常に「そこ」に立っていた。「13番(時々7番)」を着けて。
そんな彼のラグビー人生は「順風満帆」とは対極であっただろう。そんな彼を支えたものは何か?そのヒントは、彼自身の挨拶の中にあった。
「ラグビーが下手くそだから、この年まで続いてこれた。運動神経悪く産んでくれた両親に感謝したい」
そう、彼は「ラグビーが好き」「上手くなりたい」という気持ちを原動力に、幾多の困難を乗り越えて、「そこ」に立ち続けたのである。
じゃあ、引退=彼の旅は終わりか?
否、彼は自身の挨拶をこう纏めた。
「引退ではなく、コンバート」
情熱は、1ミリも薄れていない。
ラガーマン藤原正雄の「これから」に、期待せずにはいられない。
最後まで、ご覧いただき、ありがとうございました。
 
 
 

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